日本の品質管理の歴史を振り返る(その1)
このコラムで「品質管理」を取り上げてから日系企業の方々から数多くのご意見、ご感想を頂きましてありがとうございます。「QC活動を始めたが特性要因図すら書けない」「グラフを作らせても基礎が理解できていないため、大変見ずらいものができて来る。お客様に出して恥ずかしい思いをした」「問題が起きても当事者ではなく部外者として評論家のような態度を取る」「データをクレーム発生時の自己防衛用の資料と勘違いしている」「データを部下任せにしているため提出して来たデータに対して質問しても答えられない」「問題意識が低いのか不良発生の予兆が分からない」「不良品でも状況によって特別採用(特採)になるのだが、この程度が理解できない」などいろいろなご意見、ご感想を頂いております。細かい問題は別として大まかに言えばこれらの原因の一つとして、日本と他の国々の品質管理の歴史の深さと重さを痛感します。
今回からは日本の品質管理の歴史を見て行きましょう。日本の品質管理の本格的な歴史は第二次世界大戦終了後から始まります。当時の日本は電話を始めとした通信状況が大変悪かったため、GHQ最高司令官マッカーサーはこれらの改善にあたらせるべくアメリカのウエスタン、エレクトリック社から品質管理者を日本へ呼び寄せました。指導に際して通信関係の日本人技術者もプライドがあるためアメリカ人の品質管理者を前に「私たちも日本的なやり方で品質管理を行なっています」と胸を張って答えたところ「それでは品質管理図を見せてくれ」と言われ唖然としたそうです。その日本人技術者は当時を回想して「実はあの時、我々は品質管理図が何か知らなかったのだ」と述べています。
日本の品質管理はこのような状況の中からスタートしたのです。日本の品質管理と言うとすぐにデミング博士やジュラン博士を思い浮かべますが、これらの人が来る前に日本で活躍した2人の米人技術者のことは意外と知られていません。この2人はGHQの軍属技術者のプロツマン氏とサラソン氏であり、両氏は1946年から50年まで日本に滞在して日本のQC活動、新しい経営体質育成の引き金役を果たしました。電気、通信関係機器の工場を視察してあまりにマネージーメント不在の経営を行っていることに驚いた両氏は、企業のトップ、工場長を集め工場経営の特訓セミナーを行いました。このセミナーでは技術的なことにはあまり触れず「経営リーダシップの確立」「トータルクオリティの生産態度」という内容で次の事柄が強調されました。
1リーダーとは部下の末端に至るまで全員の信頼と尊敬を確立できる者を言う。
2リーダーとはもっとも立派な模範となる言動を自ら示すことができる者を言う。
3リーダーは先憂後楽の心情に徹すること。
4企業組織にあっては上は社長から下は班長まで生産に携わるものは全て上記のリーダーの資格を持たなくてはいけない。
5生産性や高品質には社員全体の雇用の安定が土台である。
6従業員のモラルを高め経営政策の効果的遂行のためには社長から一般従業員まで絶えず従業員教育、作業訓練を行わなくてはいけない。
7管理者と従業員の間には仕事について頻繁に、しかも自由な相談ができる雰囲気と体制を作ること。
8チームワークこそが高生産と高品質に不可欠である。
約50年前のセミナーですが今現在、改めて読み直してみるとタイへ進出してきた日系企業の現状にもズバリと当てはまることに驚かれたと思います。正しいマネージメント方式は国や時間を問わず世界中どこでも共通することがよく分かります。